10/18 長野市松代の
気象庁 地震火山部 地震津波監視課 精密地震観測室を見学する機会を得ました。
かつては、中央気象台松代地震観測所と呼ばれ、終戦に近い1944年11月から地下に
大本営の疎開先(天皇陛下の疎開も想定)として、舞鶴山に掘り抜いた、東西100m、南北300mの地下抗に地震計を設置して観測を始めたもの。
<詳しくは、下記へ>
http://www.jma-net.go.jp/matsushiro/about/enkaku.html
坑道内に設置されている地震計の一つ。
この地震計は、地震観測所の頃からの古いもの。
あの地震やこの地震をづ~っと記録し続けていると思うと、いろんな出来事が走馬灯のように浮かんできました。
これは、
2011.03.11 14:46の群列地震観測システムの電子データをPC上に呼び出してもらったもので、私達が赤十字の職員と知って、説明役の方が選んでくれました。
波形を見ただけで、体が揺れる感じがしました。
今回は、普段公開していない場所まで見せて頂きましたが、ロジ北読者の方なら事前に申し込んで見学が出来ると思いますから是非!
10/21 上田市を会場に行われた、
長野県総合防災訓練の一コマ。
昨年度の長野県地震総合防災訓練で、県の災害医療本部に統括DMAT&ロジが入り。実動訓練の総合防災訓練ではDMAT活動拠点本部にロジ2名が。そして本年は、
災害医療本部にロジ4名!(ロジ北はコントローラー)
市の災対本部にも1隊を派遣するなど、本部機能を補佐するロジスティックチームを明確に位置付けました。
訓練の朝、駐車場で、炊き出し訓練に向かう日赤奉仕団の方々に「お握りが楽しみ」って話すと「入りで作ります」と。。。 今までの炊き出しの中で1番美味かった
ラップの処理がいいね。
10/27&28 諏訪日赤で、
MCLS。
悲しい出来事があって、初日は欠席で、懇親会からの参加でしたが、熱い想いの皆さんとの語らいは、元気をもらえますね。
久しぶりに会った、消防の方、ここにも参加してくれた自衛隊の旧知の方。。。同士って感じかしら・・・
11/4・5 長野市で、
近県8県の日赤県支部による合同災害救護訓練が開催されました。
づ~っと企画のど真ん中って感じでやってきたけど、今回は傍らから見守るって感じでの参加。
■ トリアージの手法の理解はあるけど、意味の理解がまだまだで、救護所で何をするのかも分かっていない。
関係者のみならず国民的合意が必要だと感じた。
併催された、古巣
長野日赤の多数傷病者受入れ訓練。
災対本部の人事管理用ホワイトボードです。
職種ごとに色分けしたマグネットシートに名前を書いて、エリアごとにまとめてました。
本番に使える、本気度を感じるアイデアですね
車の屋根に林立するアンテナが分かるでしょうか?
長野県情報奉仕団(防災ボランティア)の方々の車です。
アマチュア無線・日赤業務用無線なんでもござれの心強い皆さんです。
(日赤職員の通信技術の未熟さに一言苦言が・・・頑張れ!日赤マン!)
11/10~12 諏訪日赤で
中部DMAT技能維持研修が開催されました。
H24・9・1の四国で繰り広げられた広域医療搬送訓練の報告のコマで、ロジ北でも報告した護衛艦「いせ」での訓練の模様と日赤業務用無線の活用について併せて報告しました。
DMATの夜は毎回凄いけれど、今回は特に「御柱復活祭」「寿司安城抱擁場所 大映画祭」など盛り沢山で、あっという間に諏訪の夜は更けていきました.
11/17~19 武蔵野日赤で、旧称
日赤DMAT研修が開かれました。
今回は、
「情報」関連で、収集すべき情報/インタビュー/クロノロに焦点を当てた、スタッフも鍛えるプログラムを開発しました。これも「総合無線通信プログラム」と共に育っていくといいなと思っています。
■ 総合演習「現場救護所」の説明で「治療」という言葉を使わず、「安定化処置」というような言い方をしましょうと提案してきました。医療従事者は、どうしても傷病者を目の前にすると、「治療」したくなってしまうから。。
盛り沢山! その2 いかがでした? 休みなしの1か月は楽しかったけれど、さすがにきつかったかな